職場に「どうしても苦手な人」がいる。
話すだけで気疲れする、顔を見ると一気に気分が重くなる。
そんな悩みを抱えている人は、実は少なくありません。
例えば、高圧的な態度で威圧してくる上司、いつも誰かの愚痴やネガティブな発言ばかりを繰り返す同僚、あるいは指示を素直に聞かず言葉の端々に棘がある後輩……。
キャリア相談や人事の現場でも、「仕事内容は嫌いじゃないのに、人間関係がつらくて辞めたい」という声は、退職理由の常に上位にランクインします。
それでも多くの人が、「社会人なんだから我慢しなきゃ」「自分の気にしすぎかもしれない」「相手を好きになれない自分は未熟だ」と、気持ちを押し込めてしまいがちです。
でも、まずお伝えしたいのはこれです。
職場に苦手な人がいること自体は、あなたの弱さでも、未熟さでもありません。
この記事では、「相手を変える」ことを目的にするのではなく、自分の心理的負担をどう減らすかという視点から、考え方と現実的な対処法を整理していきます。
なぜ「苦手な人」がいると、こんなに消耗するのか

友人関係なら、合わない相手とは距離を置けば済みます。
しかし、職場ではそう簡単にいきません。
毎日顔を合わせ、業務上のやり取りを避けられず、ときには自分の評価やキャリアにまで影響を及ぼす存在だからこそ、ストレスは増大します。
ではなぜ、職場の「苦手な人」は、ここまで私たちを消耗させるのでしょうか。
その背景には、次の3つの要因が重なっています。
要因① 避けられない「感情労働」
・本音では嫌でも、プロとして笑顔で対応する。
・納得できなくても、波風を立てないように飲み込む。
このように、自分の感情をコントロールして演じ続けることを「感情労働」と呼びます。
この積み重ねは、身体的な労働以上に心を激しくすり減らします。
要因② 「逃げ場がない」という閉塞感
「このプロジェクトが終わるまで」「あと数年は異動がない」といった状況が、心理的な監獄のように感じられ、エネルギーを奪っていきます。
要因③ 自分を責める「内罰的な思考」
・「苦手だと感じる自分が悪いのではないか」
・「大人として包容力が足りないのでは」
という思い込みです。
実は、苦しさの正体は相手そのものよりも、自分自身を責めてしまう二次的なストレスにあるケースも少なくありません。
思考を整理することが、心理的負担を減らすための確かな第一歩になります。
「苦手」の正体を分析する:なぜあの人にイライラするのか?

人が誰かを「苦手」と感じる裏側には、いくつかのメカニズムが隠れています。
自分の感情を客観視するために、例えば、以下のどれに当てはまるか考えてみると、思考の整理の助けとなります。
▼投影(シャドウ)
自分自身が「本当はやりたいけれど、社会人として我慢していること」を平気でやっている人に対し、激しい嫌悪感を抱く現象です(例:自分は時間を守るために必死なのに、平気で遅刻する人に腹が立つなど)。
▼価値観の対立
「仕事はスピード重視」と考える人と「丁寧さこそ命」と考える人では、正義がぶつかり合います。どちらかが悪いのではなく、大切にしている優先順位が違うだけなのです。
▼生理的な違和感
理由はないけれど直感的に合わない、いわゆる「生理的に無理」という状態です。これは生存本能に近いもので、理屈で解決しようとするほど苦しくなります。
「嫌いだ」という感情を「分析対象」として一歩引いて見るだけで、心の中にわずかなスペースが生まれます。
心理的負担を減らす思考法①|「苦手=悪」ではない

「苦手な人」と聞くと、ついネガティブな意味に捉えがちですが、それは単に相性が合わないというだけの場合も多いものです。
仕事の進め方、スピード感、コミュニケーションの癖。これらはパズルのピースのようなもので、形が合わないからといって、そのピース自体が欠陥品なわけではありません。
どちらが正しい・間違っているではなく、「違う」というだけという状態です。
ここで大切にしてほしいのが、「職場の全員を好きになる必要はない」という割り切りです。
・尊敬できなくてもいい。
・分かり合えなくてもいい。
・ただ、「同じ職場で働く人」として必要最低限の業務を完遂できれば、それで100点満点。
「職場の人とはうまくやらなければならない」という呪縛を解き、感情のハードルを「好き・嫌い」から「業務遂行が可能か否か」というラインまで下げてみてください。
この線引きができるだけで、心の摩耗は劇的に減ります。
心理的負担を減らす思考法②|「相手の問題」と「自分の問題」を分ける

・苦手な相手が、きつい言い方をしてくる。
・苦手な相手が、理不尽な態度を取る。
・苦手な相手が、空気を悪くする。
これらはすべて「相手の課題」であり、あなたがコントロールできることではありません。
相手が不機嫌なのは、その人の性格やその日の体調、あるいはその人の人生の問題であり、あなたのせいではないのです。
「自分が我慢すれば丸く収まる」と考えて自分を削るのは、相手の課題まで背負い込んでいる状態です。
「この人はこういうコミュニケーションしか取れない、未熟な課題を抱えた人なんだな」と心の中で線を引くだけでも、受け止め方は変わります。
反応しない、深追いしない、相手の感情に共鳴しない。
それは逃げではなく、成熟した大人の「自己防衛」です。
距離を保ちながら働くための「4つの現実的な対処法」

思考を整理したうえで、次は現実的な行動です。
ポイントは「関係を改善しようと頑張りすぎない」ことです。
対処法① 「心のシャッター」と「観察者」の視点
苦手な相手が近づいてきたら、心の中で自分との間に透明なアクリル板を置くイメージを持ちます。
相手の言葉をダイレクトに心に届かせず、板の向こう側で何か言っているな、と眺める感覚です。
また、「あ、今この人またマウントを取ろうとしているな」「今日は一段と声のトーンが高いな」と、ドラマの登場人物を分析する「観察者」になりきると、感情を切り離しやすくなります。
対処法② コミュニケーションを「非同期・記録」にする
1対1の対面でのやり取りは、感情がぶつかりやすく、言った・言わないのトラブルにもなりがちです。
可能な限り、チャットやメールなど「記録が残る手段」を活用しましょう。
テキストベースのやり取りは客観性を保ちやすく、後で見返すことができるため、心理的な安心感につながります。
対処法③ 「挨拶」だけは最強の武器として使う
意外かもしれませんが、苦手な人にこそ、こちらから先手で明るく短い挨拶をすることが有効なことが多いです。
これは仲良くなるためではなく、「私はプロとして接しています」という主導権をこちらが握るためです。
こちらから壁を作らず、かつ深入りもしないという「適度な距離感のプロフェッショナル」感を出すイメージです。
対処法④ 業務限定の「ドライな関係」の徹底
雑談を無理に広げる必要はありません。
業務上必要な報告・連絡・相談(ホウレンソウ)さえ完璧であれば、それ以上の交流は不要です。
「冷たい人だと思われるかも」という不安はこの場合捨てましょう。職場は仲良しグループを作る場所ではなく、成果を出す場所だからです。
HRの視点:それは「苦手」か「ハラスメント」か

ここで一つ、重要な境界線についてもお話しします。
あなたが感じているストレスは、単なる「相性の不一致」でしょうか? それとも、組織として対処すべき「ハラスメント」でしょうか。
以下の兆候がある場合は、個人の思考法で解決しようとしてはいけません。
・人格否定 : 仕事のミスではなく、あなたの性格や存在自体を否定する発言がある。
・不当な孤立: あなただけを会議に呼ばない、必要な情報を共有しない。
・過度な要求: 明らかに遂行不可能な業務量を押し付ける。
こうした場合は、人事部門や信頼できる上司へ事実ベースで相談しましょう。
「あの人が嫌い」と伝えると感情論に見えますが、「〇〇という言動によって、業務の進行にこれだけの支障が出ている」と客観的な事実を伝えると、組織は動きやすくなります。
それでも限界を感じたら|環境を変える選択は「逃げ」ではない

どんなに工夫しても、心や体に不調が出ているなら、それは重要なサインです。
・夜、明日を思うと眠れない
・出勤途中に動悸がしたり、涙が出てきたりする
・休日もその人のことが頭から離れず、楽しめない
こうした状態が続くなら、我慢を美徳にする必要はありません。
人間関係の悩みは、環境を変えるだけで一気に解消するケースも多々あります。
異動を願い出る、転職活動を始めてみる、あるいは一度休養して立ち止まる。
これらはすべて、あなたの人生を守るための「正当な戦略」です。
キャリアとは「耐えた年数」のことではありません。
自分を健やかに保ち、力を発揮できる場所を探し続けるプロセスそのものが、キャリアなのです。
おわりに|苦手な人がいる職場で悩むあなたへ

職場に苦手な人がいることで悩むのは、それだけ仕事や周囲に真剣に向き合っている証拠です。
大切なのは、「どう付き合うか」と同時に、「いつ距離を取るか」「いつその場を去るか」という選択権を自分が握っていると自覚することです。相手に自分の幸福度を左右させてはいけません。
「分かり合えない人がいてもいい」「仕事さえ回ればいい」 少しだけ肩の力を抜いて、自分の心を守る境界線を引いてみてください。
心をすり減らさず、自分らしく歩んでいく。
それも、立派なキャリアのかたちです。
「自分のケースだとどう対処したら…」そう感じたら、プロの力を借りてみませんか?
もし「自分の場合、苦手な相手に具体的にはどう対応していけばいいのだろう…」と迷うことがあれば、キャリアの専門家に相談するのも一つの方法です。
一人で考え続けていると、どうしても視野は狭くなりがちです。
「自分が悪いのかもしれない」
「もう少し我慢すべきなのかもしれない」
そんな思考のループから抜けるために、一度、第三者の視点を借りることは、決して弱さではありません。
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